約30年前、私がソニーで商品企画を担当し始めた頃のことです。
それまで私は商品製造現場、商品設計を経験し、新たに商品企画・マーケティングという仕事に挑戦しました。
しかし当時は、右も左も分からない状態でした。
マーケティングとは何か。
商品企画とは何を考える仕事なのか。
今のように学ぶ環境も十分ではなく、悩み、迷い、模索する毎日でした。
商品企画への挑戦。
そんな時、思い切って教えを請うために門を叩いたのが、ソニーでハンディカムを生み出し、「商品企画・マーケティングの神様」とも呼ばれていた鹿井元副社長でした。
第一線を退かれた後も役員として会社を見守られていた鹿井元副社長は、私の申し出を快く受け入れてくださいました。
それから約半年間。
毎週、仕事が終わった後に約3時間。
徹底的に商品企画とマーケティングを学ばせていただきました。
その中でいただいた一言があります。
「マーケティングとは、人を理解することだ。」
当時の私は、その言葉の意味を十分理解できたわけではありませんでした。
しかし、この一言が私の人生を変えることになります。
ソニーという企業文化の中で、多くの学びをいただいた時代。
その後、会社が厳しい状況に直面した時、私は原点に立ち返ろうと考えました。
そして、自ら販売現場に立たせてほしいと志願しました。
販売現場で学んだ原点。
毎日、お客様と接する中で、私は商品の説明をすることよりも、お客様の話を聞くことを意識しました。
「なぜ、その商品が欲しいのか。」
「何に困っているのか。」
「本当に望んでいることは何なのか。」
目の前の言葉だけではなく、その奥にある心を理解しようと努めました。
すると、不思議なことが起こりました。
商品の改善点が見え、人材育成の方向性が見え、組織の課題も見えてきたのです。
この経験は会社の業績改善にもつながり、私自身、「人を理解すること」が商品企画、マーケティング、そして経営の原点であることを確信しました。
その教えは、その後30年間にわたり、商品企画、マーケティング、販売、人材育成、プロジェクト運営、経営という実践を通して、私自身の哲学へと育っていきました。
そして数年前、その教えをさらに深める出来事がありました。
本質ニーズに気づいた夜。
日本一星空が美しいと言われる昼神温泉のナイトツアーを訪れた時のことです。
山頂で星空を待つ時間は、想像以上の寒さでした。
売店には「ホットコーヒー」の大きな看板があり、多くの人が列を作っていました。
ところが、その横には小さく「ブランケットあります」という札が置かれていました。
私はその瞬間、こう思いました。
お客様が本当に欲しかったものは、コーヒーではありません。
「体を温めたい。」
その願いこそが、本質ニーズだったのではないでしょうか。
ホットコーヒーも、ブランケットも、カイロも。
それらは手段であり、お客様が求めていた未来は「暖かく快適になりたい」ということでした。
私は講義でよく、
「ホームセンターに電気ドリルを買いに来たお客様が本当に欲しいのは穴である。」
という有名な話を紹介します。
穴が欲しいのではない。
その穴によってLAN配線を引きたい。
しかし、まだ「なぜ」は続きます。
LAN配線を引いて、余暇の時間に映画に没頭し、心からリフレッシュしたい。
その未来こそが、お客様が本当に実現したい価値ではないでしょうか。
そこまで見えてきたとき、初めてお客様の琴線に響く販売トークや商品開発が生まれるのだと、私は考えています。
だから私は、
商品を見る前に人を見る。
人を見る前に心を見る。
これが、私の考える顧客視点マーケティングです。
Tomorrow Brainの原点。
鹿井元副社長からいただいた
「マーケティングとは、人を理解すること。」
という一言は、30年という時間をかけて、私自身の哲学へと育ちました。
そして今、その考えはTomorrow Brainの人材育成やコンサルティング、商品企画、顧客視点マーケティングのすべての土台になっています。
AIが商品を推薦する時代になりました。
情報も商品も、あふれる時代です。
だからこそ、これからますます大切になるのは、人の心を理解する力ではないでしょうか。
ウォンツは「今欲しいもの」。
ニーズは「心の中で実現したい未来」。
そして私たちの役割は、
その未来を、お客様よりほんの少し早く見つけ、形にすること。
だから私は、
商品を見る前に人を見る。
人を見る前に心を見る。
これからも、この言葉を胸に、一人ひとりのお客様と向き合い、新しい価値を創り続けていきたいと思います。
Tomorrow Brain 月初ノート
人を理解し、その未来を、お客様よりほんの少し早く形にする。
― Tomorrow Brain 北川 幸一 ―

